A n a n d a

愛することは、生きること

私は今、東京都内に住んでいて、
10月で 30 歳の誕生日を迎えて、
アーユルヴェーダやヨガの教え、
そしてたくさんの愛のおかげで
毎日楽しく、冒険とともに歩みを進めています

アーユルヴェーダ省察プラクティショナーとして、
ここ Ananda のプラクティスへ
お越しくださる皆様に

少しずつでも寄り添いながら、

その人らしい健康が
どこから拓かれるだろうかとか

その人の感じる至福や歓喜が
どこから湧くのだろうかということを

アーユルヴェーダの視点から紐解き、
それに沿う暮らしや
食事レシピを構成するお手伝いをしています

私たちは皆が生まれながらに特殊な、
特別な存在であるのだけれど、

社会の中の枠組みで成果に労力を費やす過程で
自分のパーソナリティをつい見失ったり、
乱れや不調に気づきにくくなっていたりして

自分の身体の本調子を引き出すために
ベストなことが何かさえも、

見えにくくなることがあります

アーユルヴェーダの有名なことわざにもあるように、

似たものが似たものを引き寄せ、
相反するものがバランスをもたらす

のです

著しく乱れや不調の期間が長いと
「相反するもの」の判断もつかなくなるし、
そこに向かう気力、感性までもが重く、鈍くなることがあります

お酒をやめようと思っていても
やめられない、とか

毎日食べすぎるのを分かっているけれど、
やめられない、とか

習慣的なことから
感情 – 思考的なものまで…


愛することは、生きること

今回お話したいのは「恋愛」のこと

皆さんは恋愛、結婚というと
どのようなことを連想するでしょうか

幸せ? 楽しい? 支え合い?

ここでは私の主観が入りすぎるのもどうかと思うので、

経験を踏まえつつも
アーユルヴェーダやヨガの教えからみる
普遍的な、
生産的な“愛”についてのヒントを少し記述します(でもまぁ長いです)

幸せな恋愛・結婚をする人は、
幸せな毎日を実践している人ではないでしょうか

パートナーといるときもそうでないときも、
自分というパーソナリティを尊重し、楽しみ、
慈しみ、愛でている人はパートナーとの関係性も良好に向かうはずです

ただ、現実として 生産的な愛に満ちた
「カップル・夫婦」が実際には多くなく、
むしろ珍しいのは、

もともと「自分」が心から幸せで、
「自分の内側」に穏やかで深い愛を育てていないからだと感じます

アーユルヴェーダの照らし出す
“心身の健全さ、幸福感”は
幸せな恋愛・結婚にも直接的に関わると私は思います

比較的健康状態が良好であるとき、
私たちは “比較的” 幸福を亭受し、
日々の関係性にもそれらを反映させることができます

しかし、
慢性的な不調や乱れが心身にあるとき、

私たちは関係性においてもその作用を差し挟むことになります

その時、片方(相手)が
健全な心身で真摯に支えてくれたら良いですが、

深刻な場合には共倒れするか、片方が疲弊しきるか、です

アーユルヴェーダが
自分のことは 自分で責任を取りましょう

と云うのは、
「自己責任で幸せになりましょう」ということでもあります

相手が居れば幸せな日々を送れると
強く願っているということは

それはどこか “他力本願” な態度であって、
相手次第で幸せと不幸とを行ったり来たり…

自分の人生に “手放し運転” で居るような状態になります

私がここで云う 幸せ や 愛は、
決して穏やかで甘やかな時間だけでなく、
それを築き上げる渦中にお互いが
「正直さ」を持ち合い、

「怠惰」になることなく、
「感性」を磨きながら
「情熱」をもって

お互いの人生に生産的で在ることを意味しています

それらのために日々の行いを大切に費やすとき、
初めて双方の愛が持続可能なものとなって、
日を追うごとにより成熟へと向かいます

「二人」である前に
「自分」である時点で人生への不足感や
恐怖観念、心配事が大きくあるとき、

エゴ – 執着 – トラウマが未解決であるときは

本当はまだ誰かと添い遂げるような力はないと私は思います

本当は、「二人」になる以前に
「自分」で向き合うべきことがあるからです

抱えているエゴ – 執着 – トラウマは、
相手がいることで “一時的” には和らいだり
解消に向かうキッカケにはなるけれど、

最終的にそれらを根源から受容するのは自分の作業です

幸い、私には関係性を築き上げる最中で
それらを克服する機会が与えられましたが、

長らく時間を要した経緯もあったことと、
今のパートナーと出逢うずっと前にも
【私は誰かと付き合うことよりも 誰かと付き合えるような自分になる必要がある】と感じていました 汗(以前の投稿でも少しお話したことがあります)

_そうした “未解決” 状態にある「自分」が
“ 幸せ探し” のためと
誰かと「二人」になったところで、

互いにとって “ 埋め合い ” の時間にしかならないことがあります

安心と安全と安定こそが
人生の第一条件だと考える人は

信念をもつことはできない

愛されるには、愛するには、勇気が必要だ

これがいちばん大事なモノだと判断し、
思い切ってジャンプして、
その価値にすべてを賭ける勇気だ

といったのはドイツのとある学者ですが、

愛の関係においては
アーユルヴェーダのいう健康の実践とも
まったく同じだと私は感じています

自分の健やかさ、幸福度が低いままに
誰かと一緒になることで幸せになれることを期待をしていると、

時間が経つにつれて ( 3 – 5 年程度 )
幸福度は低下し、

自分の歪んだ見方・視点に気づくどころか
相手 (または外界) に助けを求めるか、
相手を責めるようにさえなりかねません

不満の矛先は転移するばかりで、
相手 (自分に) に満足しない分を娯楽や食物で埋めるようになり、
気晴らしやストレス解消がないと過ごしていけない

…というのは、本質的にいえば
愛ある関係になっておらず、
いまだに自分の不満感を何かで解消しようと試みる
子どもな考えのままでいる

という象徴なのです

真の幸福や愛に向かっていくには
「自分」が毎日のなかで幸せを実践することです

正直さ、素直さ、情熱、忍耐、愛情をもって、
自分自身、仕事や人間関係に取り組むことです

これらを表す事例は “ すべて ” という点でも、
アーユルヴェーダによる智慧と通じています

・何をするか
・何をしないか
・動機がどこにあるか

そうして毎日
何を食べて、どう身体を動かして、

仕事の準備をどのように行い、仕事をどうこなし、
何から学び、何を感じるかに自分の人生という時間を費やすことです

ここで改めて考えたいのは、

私たちが恋愛・結婚において
ドキドキする恋愛から
「愛」への変わり目に差し掛かるとき、

なぜ葛藤し、怠惰になり、諦めたり、
失敗するケース多いかということです

二人の人間がともに暮らすときは、
お互いが “ 生き生きしているか ”

年々、だんだん、少しずつでも成長し、
“良くなっていっているか ” が大切なように思います

男女は本来、
互いに違った性質 – 特徴を持ち合わせいて、

それぞれにもまた女性性と男性性を持ち合わせています

身体的にも精神的にもそれらが補填をし
さらに超越して魂レベルで感化し合うとき、
二人が一緒に居ることで
それぞれがより良くなり、

結果周りをも良くしていくような
パワーが生まれるはずです

このような相乗効果が芽生えるためには
自分の感覚 – 感性を磨き続け、自分自身のことをよく知ることが必要です

そうすることで相手の存在、日々の状態にも気づき、理解できるようになります

主体性、能動性が欠けていると、
幸せを常に相手や外界に求めたり
責任があった時にはそれらから逃避するクセがつきます

希望は持っても期待は抱かないこと、
そのために見返りを求めない自分になるには
「毎日を丁寧に生きること」で養われます

食物やお酒やギャンブル等の娯楽に溺れて
いつも快楽を追い求める習慣が沁みついていると、
直観力 – 器官が鈍り、
“ ご褒美 ”のある関係性こそが幸せだと思い込むようになります

相手の云わんとすることを直観的に感じれる心、
自分の視点だけでなく総体的視野から
背景や経緯をくみ取る力は日々の姿勢から養われます

物事の本質を見抜く力は 自分だけでなく
夫婦としての活動や子どもへの教育、家庭内での円満にもそれが影響します

情報やメディアが表面で演出していることと
その裏側で意図している営利的な目的、
そしてそれらがどうして生じているかを
広い視野から見れるようになれば、

いちいち何かによって突き動かされたり
絶えず心配したり、右往左往する必要がなくなります

その分の時間とエネルギーを、
家族と愛し合う時間へと当てることができます

自分自身の健康管理、
つまり身体も心も軽く快活でクリアであるよう、
生活の土台を整えることが重要だということです

これはいくら強調しても足りないでしょう

この【土台】がなければ、
やがてどんな関係性も脆く、非生産的なものになってしまいます

体と心が健康であることのメリットは、
自分が自分らしく居られる機会を増やすことになり
それが相手を愛し、家族を繁栄させられる源になります

既に云っているように、
何より先に、自分が幸福であることが大切です

慢性的な乱れや不調がつきまとう状態で
辛い想いをするのは自分だけではありません

毎月生理が来るたびにイライラして動けなくなって自分を見失っていたら、
毎週末飲み過ぎて休みの旅に重い二日酔いを引きずっているとしたら、

元気に、気持ちよく、愛をもって相手と接することは難しくなります

健康管理をするということは、
自分の知性を養い、賢く生きるということでもあります

私たちにはカルマがあるので、
それぞれに生ずる不調や病には – 言葉の添えようもないような事もあるかもしれません

が、ほとんどの不調や病は
日頃の- 五感の扱い方 – と – 生活習慣 – から緩和し防ぐことができます

特に現代の豊かさがもたらす生活習慣病の根源は
食べ過ぎ、飲み過ぎ、不規則かつ不足した睡眠、多活動によるものです

愛に生きようと思ったら、
自分を大切に、人生を大切に生きるべきだと
私はアーユルヴェーダから学んでいます

毎日を元気で幸せに生きるために、
人を手放しで愛し、手放しでその愛に飛び込むためには

食事への取り組み方や
暮らし方、生活の土台全体に光を宿し、
シンプルな指針に基づいて生きることが大切だと知ったのです

愛に向かうとき、
人は自分の身体と心の中にある「痛み」を取り除く必要があります

難しいときには誰かの助けを借りても良いけれど、
決めるのは、進むのは自分自身です

アーユルヴェティックな習慣やヨガによって
「動機をきちんと洗い出すこと」ができるようになります

変化に向かうときは、まず今すでにある
“動機”がいつ・どこからきたものかを明らかにするのが必要だからです

食べ過ぎるのはなぜ?
飲み過ぎるのはなぜ?
夜遅くまで眠らないのはなぜ?
何でもやりすぎるのはなぜ?
ストレスだと思っていることは何?
ストレスだと感じているのはなぜ?

・・・・
———————–

自分のなかでエゴやトラウマが多い場合であるほど、
これには慎重に、ゆっくりと時間をかけて取り組むべきです

急ぐ必要はなく、正解もゴールもありません

「二人」で幸せになる前に
「自分」が幸せに在ることが大切だと、経験上 心して云えます

愛することは、生きることそのものです


いつも愛をここに

“自分を知ることによる幸せ”
ヨガとアーユルヴェーダと食事
全米ヨガアライアンス認定 ヨガ指導者
Hale Pule 認定アーユルヴェーダシェフ
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