アイデアのある暮らしについて考えます。
そこには大なり小なりの〝 自由 〟があり、
こう想うと私たちの日常には
ありふれた自由が、
有り余る自由が存在していると気づきます。
では、
そうした〝 自由 〟の創作に伴う
肉体的および精神的な安定について、
私たちは日ごろから
それらを養う術を身につけていると言えるでしょうか?
・今、愛し合えるために何をしよう?( しないことも )
・今、食べすぎないために何をしよう?( しないことも )
・今、平安のために私たちはどんな態度で居よう?
・・・
アイデアとは、
直感的ないしは熟考の末に抽出された
純度の高い( そのままの )思想のことで、
それを今ここに活かすとき
人生への創意工夫をなしているという実感が起きます。
こうした実感はとても安堵感に近しく、
過剰な興奮とは似ても似つかないでしょう。
私たちは、
自分にとって必要と感じたもの、
そう考えるものについて実態を伴わせるとき
〝 アイデアのある暮らし 〟
= 自らにとっての自由を享受するのです。
・誰かの役に立ったから
・何かのルールを達成したから
・理想とする自分になれたから(!)
アイデアのある暮らしとしての実りが、
自分にとっての自由が
手に入るとは限らないと云っています。
自分自身の内側の指針に
こころ身体がピタっと重なり一致しているとき
私たちはただただ自由で、アイデアそのものなのです。
・
もう、癒えているフリは終わりにしましょう
というのが
ここで伝えたいことになります。
部分的な、
限定的な癒えているフリばかりでは
私たちはときにますます傷つきやすいでしょう。
信じた道が、
信じた世界が、
あるいは、
それらが〝 私 〟を癒し
そして〝 救った 〟はずであるのに
現実は やっぱり違う
ここは やっぱり違う
拒絶、
あるいは対立するシチュエーションに見舞われるのです。
・
自由な暮らしとはどういうものなのでしょう?
それは「 今 」です。
アイデアを実らせている連続した 過程 ― 今 にあるのでしょう。
自分と向き合うこと
自分を知ること
この道中で同時に生じるのが
・アイデアを実らせてゆくこと
・自分だけに与えられた自由を享受しきること
へのダルマ( 自然にすべきこと )です。
感謝のこころを忘れていませんか?
愉しむ気持ちを後回しにしていませんか?
ユーモアをつかっていますか?
過去でもなく未来でもない、
今にしかない自分を忘れてはいませんか?
8 / 30 (金) ~ 9 / 2 (月) in 軽井沢
消化力が整うと 人生が整い始める
消化力 = 生きる力を整える、取り戻し続ける
・アーユルヴェーダの原理原則に沿った
食事レシピと暮らしのリズムで過ごしながら、
自由に遊んで愉しむ場にお招きします。
・私たちにとって食べやすい & つくりやすい
シンプルなアーユルヴェーダ料理。
1 日 3 食の〝 滋養を得る 〟レシピと、暮らしの工夫。
・食べ物が何であるか以上に大切な
「 食べ方( スタイル・調理法 ) 」
「 感情( 自分を知るということ ) 」
「 暮らし( 本当に必要なライフスタイルのスキル ) 」
を、実践と座学の両面から紐解きます。
・すき間時間では軽井沢の自然を歩き、自由に遊ぶ時間を。

