4年間の OL × アーユルヴェーダライフ

「あやうく 一生懸命 生きるところだった」
というタイトルの本を見かけました。

中身をみていませんが、そうそう、と思いました。

自分自身の軸がないままがむしゃらに頑張れるのは一時的なこと。何度もできることではない。

生きるほどにラクに在るためには、
生きるほどに自分自身を知り、そのうえで必要な努力や大切と思うことを貫き、まるで芸術のごとく人生を歩むことが大切だろうと思います。


4年間の OL × アーユルヴェーダライフ

この 4 年間、OLとしてのお仕事と並行して Ananda でのプラクティスを主宰してきました。

この暮らしが今日で終わります。

今思えば「現代社会にとってのアーユルヴェーダ」を学ぶには最適の環境でした。

「忙しい人にこそ、アーユルヴェーダ」は、私自身が体感してきたことです。

忙しくても体力や精神がすり減りすぎないために、より良い自分で居られるよう、食事や暮らし方を自らカスタマイズし続けました。

個人的には、社会人としての学びも大切で、そのうえで人間としての健やかさを築くことも大切だと改めて感じています。

この 4 年、アーユルヴェーダの自然由来の教えを紐解きながら現代社会のなかで生きてみて、生きること – 思うことをいくつかまとめました。

 

【 忙しいときにすべきこと 】

現代人はとても忙しいですね。

時間に追われ、娯楽にも誘惑されるので「自分」と過ごす時間があまりにないのではないでしょうか。

だからこそお薦めしたいのは、忙しいときこそ「忙しくしない」ということです。

大切なこと・重要事項を絞り込んで、他のことは排除する(減らす)。

そのためのステップとして、まずできることがあります。

・やることを明確にする、そのうえでやらなくて良いことを(ダラダラと)やらない
・夜は眠る、自分を満タンに充電する。朝 6 時前には起きて、その日やるべきことに真摯に向き合う
・自分の感じていること、考えていることを常にじっくり見つめる

移動はよく歩き、空いた時間は呼吸に意識を向ける。
ランチタイムは 15 分でも良いから一人で優雅に、など。

「自分」と過ごすことで、本当に忙しいとき、やるべきことに充分な時間とエネルギーを充てることができます。

忙しさは、経験の種です。きちんと身を投じて行えば後に良い実となります。

アーユルヴェーダのディナチャリヤは、人としての機能を果たすのにとても理にかなった「1日の過ごし方」です。

これを暮らしの基盤にし、そのうえで忙しさ = 必要なことを行うことで必然的にその物事の質も上がります。

【 大変なことに取り組むときに 】

大変なこと、大変だと感じていることに取り組むときは、それを「大変だと思わない」ことです。

「大変」とだけ思うと、人はそれと自分とを分離して考えます。大変とセットになることを思い浮かべます。「楽しさ」とか、「それをやる意味」とか、「やった後のこと」とか。

「大変」は、大きく変わることですが、だからとそれを急いでやったり、完璧を強いたり、慌ててやる必要はないということ。

特に現在の社会では、慌ててやるよりも質を詰めることの方が重要です。

〝自分の〟ペースで、〝自分の〟やり方で少しずつコツコツ進める。

過ぎ去ったあと、振り返れば〝あぁ、大変だったな〟ということで良いと思います。

大変なことは、今の自分のから見たらそう思えるだけで、もっと総体的に( 広く )見て、その理由 ( やる動機 ) をよく考えれば、案外〝ただやる〟だけの価値あることかもしれません。

人として生きるうえで、
「一生懸命やる」ことと「ただやること」をうまく使い分けて、自分がやれる、できる方法でそれをゆっくりにでも成すことが大切だと思います。

この 4 年、アーユルヴェーダの教えから食事や暮らし方をカスタマイズしながら【本質的な体質改善が起きていった経緯】については アーユルヴェーダお便り内に綴っています。

8 月からは、Ananda より新たなコンテンツを開始していきます。

個人的には、歌手活動も楽しんでいきたいなと、思っています。

 


アーユルヴェーダ省察プラクティショナー
 K a o r i

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