軽井沢への移住に伴い
日記がてら BLOG を更新しています。
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「 いいところですね!」
引越し当日に業者さんが
勝どきのお家から
荷物を運んで軽井沢宅に到着したとき、
第一にかけてくれた言葉でした。
縁あってとんとん拍子で決まった今回の引越し。
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〝 知人 〟のうちに入るか分からないけれど
知っているひと( 引越し業者さん )に、
旧宅から新宅の両方目撃したうえで
そう言っていただけたのはなんだか嬉しかったです。
( その方とは朝一番のよろしくお願いします以来の会話でした )
私にとって
人生( の歓び )は、
分かることであり、
分からないものを分からない
と認めることであったりもするな、
と最近想いました。
事象を理解する ―
自分を理解する ―
必要なことを理解する ―
― 自分には分からないことがあると知る
― 自分でも分かり得ない自分が居ると知る
― 必要のないこともあるとわかる
日々自分を生きるうえでは
勿論自分を生きるほかないので、
( まぁ時々自分をサボることもあるものの )
その時々での「 我を通すこと 」が
ひとつ私にとっての
自由に沿う表現法だそうで、
自由を確保すること
それと自分の周囲がうまくまわっていること
に幸せを感じる性なのだと。
自他ともに考察したところの
性質のいち側面ですが、
私という人間の一部としては
きっとたしかに
そのような性質・要素があるということです。
自分にとっての幸せが何であるか、
常々自分に向き合い問うことは大切ですよね。
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さて話を戻して
昨年の暮れ、
うっすら雪化粧された
この街へ私たちはやってきました。
こちらへ来て以来
〝 雪が降った 〟のは
ある朝起掛けに
〝 降り終わってた 〟ときのみで
「 今年は異常だねぇ 」
と焼き芋のおじさんが云っていたけれど、
たしかに全体をとおして
比較的あたたかく
( 寒さ厳しくない )、
移住初心者の我々にとっては
過ごしやすい環境です。
( 軽井沢の洗礼を受ける覚悟はしたものの )
1月の後半、
ここ数日やっと
〝 寒さ厳しさ 〟を、
特に朝感じていて、
通勤のため
駅へ向かうおしんに付き添うのですが
乗車するやいなや
冷えた指先を必死に
あたためるのがルーチン( 特におしん )です。
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基盤を振り返ってみる
移住までにしたことと
そこにあった関係性について、
少しお話したいと思います。
気になる方もならない方も
ここまできたらぜひお付き合いください。
いちからいうと
軽井沢への移住について、
時系列含んだ説明をしようかなと思いつつ、
実際には
〝 都心から少し離れたところへ引っ越しただけ 〟
だもんなぁとか思ったりして
その機会を逃している今です。・・・
昨年開催したおしんとかおりのはなし WS
では〝 かいつまんだ形 〟で
お話させていただいたのですが。
アーカイブ配信・ダイジェスト版 |
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〝 移住までにしたこと 〟
に触れれば
そのプロセスがおのずと浮かぶと思うので、
ここから書くことにします。
〝 移住までにしたこと 〟 – 自分の )身体と心のバランスを整えておく |
移住とどう関係するの?
と思うひともいる( いやここは居ないか )、
かもしれませんが、
人は関係性なり、
とはよくいったもので、
例えば私
金銭感覚でいうと
いつもお金はたいしてないのに( え )、
人生ではそのことで
たいして困ったことがございません。( ん?)
( いや困ったことがあるが、学んでいないだけ )
先日も、
スマホ利用代金が支払われていないからと
速度制限かかった状態に拘束され
慌ててコンビニへ支払に走ったのですが、
あぁ、
私33歳にもなるのに
13歳の頃からこのパターン変わっとらんやん
と自分に呆れつつも
でもそれが私という人間さ、と開き直っていました、。
長所と短所は紙一重なので
短所をなくそうとするよりも
長所を磨き引き伸ばすほうが遥かに幸せです。
( そうすることで目立たなくなる短所もある )
アーユルヴェーダやヨガを学んだ身としての
その報酬は
・自分の特質を理解する
ことにありますが、
だからと超人になれるわけでも
不老不死になれるというわけでもないのだろうと思います。
私は体質はかなり改善されたし、
消化力が整ったことで
関係性もあったかいものが増えたり
物事への見方・捉え方が変わって
生きるほどにラクになっているのは確か。
しかしお金( 貯金 )は増えないのだ。( ? )
こればっかりは
Vietnam の血のせいに、しておこう。
* ベトナム人・性格、でググってみてください
・自分の特質を理解する
ことのメリットは、
自分を認めることができる、
そのうえでできることが何かを考えられるようになる。
というのと、
私の場合は
全体のなかで
自分のできることに注力できることにあり、
いまパートナーとの関係でも
お互いが補完関係にあり、
支えてもらい支えながら
日常が成り立っていると感じています。
にしても、
支えてもらうには
支えたいと思われる自分であることも重要で、
今でこそときどき
携帯使用料金の支払いが滞る私を横目に
笑っているおしんですが、
付き合い始めた当初から数年、
( いやつい 1 , 2 年前まで )
私が自分の金欠状態に危機感がないのに対し
( いや、ありなさい )
毎度恐喝のごとく( 言い過ぎ? )
それはそれはこっぴどく叱られていました。
私は逆ギレしつつも
( いやキレる立場にない )、
仕方がないので
Ananda は OL を兼業しながら4年半ほど進めていました。
当時も今も同じなのは、
「 私は私として生きていたい 」
と考えていることです。
我儘だなと自分でも分かっていたりしますが
私の我儘って
そこまでヘンな我儘でもないと思っています。
( まぁそりゃそうだ、とおしんも云う )
その結果いま、
私にできることを私が、
おしんができることをおしんがしてくれていて、
軽井沢移住も決まったということです。
おしんとかおりのはなし WS アーカイブ配信はこちら |
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何ごとも日々の結論が
次にやってくるだけのことなので、
私にとっては特に
移住 というカテゴリーとしてでなく
〝 自分にとっての心地よさ 〟
を今現在地から積み重ねていって
その結論( 直近の )がたまたま
軽井沢への引越しであった、という感じでした。
なぜヨガ留学へ行ったの?
なぜアーユルヴェーダシェフトレーニングへ行ったの?
と同じくらいのことです。
人それぞれにカルマが異なるので、
〝 私の場合は 〟のお話でした。
・長いこと都心に住むことが全容的な調和をもたらす選択肢ではなかった
・朝から夜寝る瞬間まで自然の力を感じれる環境で暮らすことが望ましかった
ともいえますね。
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前回 BLOG でも触れたとおり、
私にとっての自由と責任のバランスが
ちょうどよいところがどういうものかを
まいにち 1 日単位で考えたときに
〝 これが私の生きる道 〟
と、納得のできる現実を引き寄せるのかなとも思います。
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Kaori